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「粋の彼方」  鯨岡 阿美子追悼記念集 文中抜粋
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 講演 伝統染織とファッション

 講師 … ◎鯨岡阿美子
 場所 … 沖縄県(工芸指導所)
 日時 … 昭和六十三年二月十五日午後五時半より
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ちらからお話があったとき、どういう話をしたらいいか見当がつかなかった。
服地開発なので、世界のファションがどんな傾向にあるのかを解説抜きで、
紹介しようとスライドを持ってきました。

88春夏ファション(プレタポルテ)です。
東京では四月十日前後に秋冬。パリでは三月に秋冬。半年ずれている。
素材は早いところでは半年、発表の一年前からスタートしている。
それくらい早くないと服地関係はやっていけない。
ファッション関係でなくてもベイシックで、例えエルメスは千年の伝統がある。
伝統の形は確かに残っている。

本質的な美意識が伝統として残っている。日本では戦後になって伝統と言いだした。
本来の伝統とは違っている。
日本の場合、伝統が途中できれちゃった。
ヨーロッパは次に伝統をつくる人がどんどん出てきた。日本も江戸時代はあつた。
沖縄も切れちゃった。伝統をつくる人はいない。なぞっている人ばかり。
伝統を自分の中でつくりながら伝統として残っていかなければ。


「つくる」とは「創造」の「創る」です。
エルメスは最近六〇年代の物がまた出ている。
今のエルメスと合わせてみると全然違う。
もうエルメスもできない。でも、今は新たにプラスオンしているものがある。
今、一番困っているのは値段。コストがかかる。
自分たちの持っているエレガントなエスプリをどうやって安いコストでやっていくかに
身をよじって作っているはず。
しかし皆さん、仕事をして食べていかなければならない。
伝統も創らなければならない。でも、見方を変えたら、だからやりがいがある。
戦後の荒廃の後、皆さんが伝統をつくってきた。
そして残っていたものをつまみ食いしてきた。


皆さんに足腰立たないぐらい殴られるっもりで、本当に言いたいことを言います。
今までうそは言ってないが、たくさんベールをかけて妥協してきた。
皆さんとけんかしないようにしてきた。言わない分、食べて太ってきた。
それで食べなくなって、今度飢えてきた。それであと何年も生きられないだろうから。
私一人の単独の意見でないことを言っておきたい。
ある程度時問がたつと本音が出て来る。

十五年もたつと本音が出て来る。今、一番悪い時。これからよくなる。
よくなり方として、本土では原点に戻ろうとしている。
自分がやっていることも含めて、見直していきたい。
伝統、現代の生活にぴたっと合つた伝統。
皆さんがやっていらっしゃる伝統とは違いますよ。
最先端でやつている人もビシッと伝統をやつている。
ただし、作る人それぞれの立場によって範ちゅうが違う。
そういういろんな仕事の仕方をあらゆる面で自 分がこれで正しいと思っていた。
自負も誇りもあると思います。自分を空っぽにして戻してみたら幸いだと思います。

(スライドを上映しながら)
チェック、色がきれいに変わった。
沖縄の人はこ汚いのが好きみたいだけど、きれいに変えましょう。
サテン、きれいなのがはやっています。
この生地は沖縄で織れるはずですよ。コムデギャルソン、
こういう薄い素材は得意でしょ。
モンタナ、今、一番話題になつている。ふだん、
このようなファッションニュースをよく見ていらしゃる方、手を挙げて下さる?
その前の方どうです。
こういうのを見て、どうってことないでしよう。どう感じましたか。
色に関して、(会場の男性)「非常に薄いきれがたくさんあつて、
その上に色を着けて。これを手機でとうなるか。
そこには目的の差がある。そこをどうつ結びつけていったらいいのか。
一人ではできないだろう。
沖縄ではどう取り組んでいったらいいか考えたい。
私たちが洋服を着るとき、色の組み合わせで自信がないとき反対色を着るが、
モデルさんたちは同系色を上手に着ている。」


那覇の一番新しいものを入れている大沼さんの所。
現実に売れているのにびつくりしている。
決して保守的じゃない。本当に色の感度の悪い人もいる。
どこでも同じだけれど。どうして東京の人は紺とか白と黒ばかり。
きれいな色を着なくなったのか。あか抜けてきた。それとけちなのね。
いろんなきれいな色はスカーフなんかでちょこっと見えればいい。
これで東京の女たち、大都会の女たちはファッション屋さんにとっては
非常に手ごわい相手。
パリコレには世界の田舎の成り金が集まる。だから、バラの花をばーつと使つた。
コムデキヤルソンはビロードを使う。これは織るのも縫うのも作るのもとても忙しい
。極限まで薄いものを使つた。これは合繊でできるようになった。


機械だったら簡単にできると思うでしよ。コスト大変。
何反やらなきゃならないか。だから、今コムデギャルソンは大変。
今、ポストモダンという言葉がある。だいたい、七〇年代から出て来た。
最初にはっきり出てきたのが、建築。
東京だと(建物が)あっという問に何十階もできちやう。
システム化が完ぺきになつてまったく無機質。工場で造一て組み上げちゃう。
人問をはねっけちやうようなモダンの極致。
いかに合理的、機能的でも、今も、そういうものは大嫌いになつてしまつた。
そういう無機質は先端技術を駆使した結果教育テレビでBBC制作の
「現代の建築」を放送した。
海の側の家で塀の側にプール、それが表の塀にひっついている。
機能とか合理は吹つ飛んで、ただ遊んでいるだけ
。あるいは、すごい大きなビルに、真ん中が抜けていて、階段が見えていて、
階段の下にプールがある。
やたら金をかけるわけにはいかない
。だから、使ったのは知恵とコンピユーター。寺院風の低所得者用のアパートメンと
。金持ちは入れない。金持ちの個人用住宅ではなかなか話がっかない。
よその国の新しいもの、公共住宅に一番新しいものの気風がある。

日本の沖縄にポストモダンの代表的建築がある。
首里の城西小学校。自然と混然として、機能なんて無視。
是非見にいらして下さい。これが私たちが待ち望んでいた裕福な世界。
六十歳の時、一生さんが真っ赤なコートを作ってくれた。
着てる問中、布との格闘でした。東京にある店に、
日本語のろくにできないスウェーデンの女の子が
「じやまになるからあなたたち着物を着るんでしょ」と言った。
沖縄の人が日本の着物を、あんなややこしいもの着れないと思うのは、
皆さん着たことないからでしょ。昔は歩くのも大変。
乱れないようにぴしっとしてなきゃならない
。いかに着物は不自由なものだったか。そうやって女が自分たちを鍛えていた時代
。ヨーロッパのコルセットも、あれでは何も食べられない、飲めない。
それにマナーがくっついていた。これが十九世紀まで。
これが二十世紀になってみんな自由に楽々になった。
中国でもてん足から解放された。ところが、そうすると何か物足りなくなってくる。


ポストモダンでは、まったくクラシック古典を一番新しい現代的なビルにぶっこんだ。
何ぜできたかというと先端技術なんです。
一番古いものと一番新しいものをドッキングさせた。
コムデギャルソンも古い一番高級なものを合繊とドッキングした。
人間は機能的でありたいものと不機能的なものをドッキングしたい。
それがポストモダンの時代。何を言いたいかというと、
あなた方一人一人は大した能力がない。それが集まって、
「あの人はこれがうまい」。これが情報の交換なんです。
どうやったらそれが生きていくか。
違ったことを聞きたいということはみんなにある
。でも、一番大事なのは自分が何をやりたいか、
それがなければ山ほど話を聞いても幻影に過ぎない。
いろんな人に話を聞くことは自分を見ること。
鏡を見るようなもの。


前、どうしても働きたいと思って親とけんかしたことがある。
お金をくれと言うのが恥ずかしかった。
大したことをやっていないのに、大金をもらうと恥ずかしい。
何をしたいのか、ここまではやりたくないというのか、金のためには何でもやるのか。
できないだけ。正確に見ること、人の話にだまされるな。
人のことにはひるむ必要はない。自分がうーむと思ったら訂正した方がよい。
具体的な話をするのが下手なので、
これから少しずつ質問していきたい今のスライドを見て、
自分の仕事と関係ないと思いましたか?


A(女性)模様は洋服なら無地と組み合わせて使えるなと思いました。
紅型にバラの花はありますか。
B(女性)ない。
バラを作ったら邪道ですか。
Bそんなことはない。
じゃ、バラをやったらどうですか。紅型はこれしかできない、
継承すべきという決まりがありますか?
Aないと思います。
じゃ、バラは美しくないと思っているんでしょう。
Bちょっとずつ変わっていると思います。
じゃ、何年ごろの古典をやっているか分かっていますか?沖縄でイライラするのは、
伝統のものというけどいつごろのものですか。
時代背景がなくてそういうものはあり得ない。
C(男性)二百年前の久米島のものを参考にしています。

皆さんの年代は漠然としている。二百年前と言うけど時代は一日一日刻んで行っている。
生きた人がそこでいろんな思いをして
染めたり織ったりしたことに思いをいたさなければならない。
物として扱っているだけ。田舎っぽい、薄汚い。
博物館にあるものをそのままやっていると言う。
実際は違うでしょう。空港で飛行機から降りると、
あなたたちのご先祖の霊がガーガー言う。そういう霊が作ってきた喜び、
苦しみを理解していないんじやないか。
つながっていないんじゃない。そう言うと(沖縄の人は)「人頭税が云々
」と説明してくれるけど、そんな飢え死にしそうになって
こんな美しいものを織るなんて私は信じない。

銀器があつて、法王庁のろう獄で囚人が親子二代にわたって作った。
囚人というが本当かどうか。私は、もの責た途端に、そこに人問を感じたい。
私は自分では何も作れない。だから、人の作つたものに、感動する。
これはどんな人が作ってんだろうなと感じてほしいんです。そして、
こんな素敵なものを作つてくれてありがとうと思えるようになる。
そして、そういう自分に感動できる。そういう血の流れ、
サークルのようなものを感じる。


もうコンピユーターがあるからあなたたちやらなくてもいいよと言うんです。
コンピュータは手織りだつてやるよ。

あなたちの考え方、見方だったら、
今のような状態だったらコンピュータができますよ、もっと正確に
、昔やつた人のままだ。
だれか怒らないの?私は挑戦しているんだから。
服地は洋服の素材だなんて誤解しないで。服地は体を包むもの。何になったっていい。
年代の古さを言うだけだつたら、中国の古い布のこの部分だけしかないじゃない。
伝統とは創作なんですよ。名人が一代だけいたの?私の夫の母親は、
いい柄を見付けたら、その作り方を教わって、自分で自分の柄に組み込んでそれ
を愛する夫や息子に作つてやつた。愛、自由だったんですよ。
バラが紅型にふさわしいか、なんてなかつた。あの女にこれを着せてやりたい、
という情熱が沖縄の伝統をっくってきたんじゃないんですか。

もしそうじやなかつたら、皆さんには沖縄の伝統工芸をやる資格はないと断言します。
日本テレビで洋服の番組があつて、
そういうふうに自分の中で満たされていないものがあってそれで着物の番組を始めた。
最初が鎌倉芳太郎さんでした。紅型、絣の型紙をたくさん見せてもらった。
ガーンと来てしまった。それまで、テクニツクとかの優れたものは
随分と知っていたのに。
皆さま方に何を求めているかといいますと、洋服のための素材としてではなく、
その枠内で仕事をしていたと思うが、ビジネスとしてはさておいて、
これから創造していくものとしてが重要と思う。
このあとの講座で、洋服のためにどうして欲しいかと言うのは出てくると思うが
。寛斎、一生は左右対象じゃない。バランスをくずす。
ヨーロツパの人たちはこの影響を受けている。なぜそんなものが
出てきたのか。やっとクリエイティブな仕事をするようになってきた。
ニューヨークタイムズがコムデギヤルソンの写真に「伝統を踏みにじるものだ」と
×(バッテン)をつけた。
ところが次のシーズンに認めた。コムデギヤルソンも成長したし、
(杜会も)受け入れるようになってきた。
ポストモダン的なものに対する欲求(が生まれていたが)、
ファッション界が動かなくなってきた。
コムデギャルソンは伝統的衣服からの解放、否定じゃない。
前世紀の衣服を解体し、ぼろぼろになっていったものの中に美しさを見っけた。
スウェーデン人はものを作るときクリェイティブな仕事をするけど
自分の哲学をしっかり持っている。ミシンが下手でもきれいに見える型を作る。


このコートは四万円。素材は大量生産しないと意味がない。
着物は衣桁にかけるのが価値。インドのサリーも一枚の布。内掛けも一枚の絵。
完全美術品を作っている。本当の昔のものを作るにはお金がかかる。
あなた方が作っている服地に一体どんなコンセプトを持ちなさいとは、
私が言うことではない。一番言いたいのは、誇りを持ってほしいということ。
すると、デザイナーがこれで作りたいと言うだろう。川久保さんに言いましたが、
ずっと残るものを作ったらと。
エルメスみたいにころんころんと変わっていくものばかりでなく。
私があなたたちにものを言うときに言ってはいけないなと思うことは、
一つは何十年問か途切れていたということ。
もう一つは文化的に違うということをはっきりと確認してほしい。
川久保さんはフランスベったりだけど、まったくフランス人の目で見てる。
しかし、出て来るものは、フランス人は「あれはジャポネだね」という。
彼女はフランスのエスプリをデザインしているという。
きめの細かい差別化というものが見抜けるようになっている。
消費者が育ってきている。育ってくれなければあなたたちの仕事にならない。
沖縄に行ったら伝統の残りかすじゃないものがあるというふうにしないと。


大城広四郎さんに会ってきました。戦前、昭和十年ごろはとてもモダンだった。
大正末期から昭和にかけて沖縄で買ったというものを見せてもらったけれども、
とてもモダン。
スカッと洗練されている。沖縄の良さは何だと思いますか?ダイナミズムです。
明快なんです。スパーンと出て来るし、
切れの良さ。あれは一体どこへ行ってしまったんだ
。あの明るさ、モダンさ。そのころ本当に貧乏だったそうですね。
余裕のない時代だったが、とても生き生きと生きて、それで人生の哀感がある。
ある店のお父さんが沖縄で買ってきた芭蕉布を見せてくれた。
今知っている芭蕉布と全然違う。糸が細くて、いい色合いのサーモンピンク。
絣は田舎っぽいのじゃなくて洗練されている。
ご先祖さまと言ったけど、何百年も前じゃなく昭和初期。今もっと豊かなのに。
精神の自由さ。
将来だれが使うのかな、という夢のある織物をなさってみませんか。
年に一回ぐらいどうですか。

どっちみちたいしてもうからない商売をやっているんだし。
毎日の生活に追われていると言うかもしれないけど。どうせ、
たかだか五十年くらいもっていたものを。
本当に夢のあるものを作って下さいよ。今あるものを手直ししないでほしい。
全然違うものを。
みんなで問違いをやってほしい。グループを作って偉大な間違いをやってほしい。
それがないと新しいものは出ない。いい子ちゃんはもうやめましょう
。やってくれますね。
工芸指導所がこんな得体の知れない、
わけの分からない集まりを持ってくれたことが、
沖縄に来た一番の成果だと思います。
                  (文責 琉球新報記者 米倉外昭)。


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